昨日のブログでは、「私の子供たちが英語を自由に使えるようになるまでは、日本語訳を知っている単語を並べて英文にして話していた」というお話をしました。 彼らが授業で使うような難しい内容まで含めて英語のまましゃべれるようになったのは、アメリカに滞在して3年目でしたので、それまでは日本語訳の分かった単語を英文にしてしゃべっていました。
松本亨氏の学校では「学校内日本語禁止」だったそうですけれど、生徒は、入学した時から、英語で自分の言いたいことが頭に浮かぶ状態になっていたのでしょうか? つまり、自分の言いたいことを日本語から英語に訳して話すのではなく、言いたいことは英語のまま頭に浮かんで、英語を話していたのでしょうか?
多分そうではないでしょう。 もし、思ったことが自動的に英語でしゃべれる状態だったら、英語学校になど来ないでしょう。 むしろ、思ったことを和文英訳しないで、直接英語でしゃべれるようになりたいから、「英語で考える指導法」を掲げる松本亨氏の学校に入学したのでしょう。
体験を読むと、高校を卒業して、入学したと書いてありますので、高校を卒業した段階で、思うことが全部英語で頭に浮かぶ状態にはならないと思います。
英語学習をしている人が、何か思った瞬間にそれを表現する英語が自動的に頭に流れなかったら、どうやって、自分の思ったことを英語でしゃべるか、というと、日本語を英語に訳してしゃべります。
松本亨氏の学校には、入学当初は、日本語を英語に訳してしゃべっている生徒さんはたくさんいたと思います。 私は日本語を英語に訳してしゃべる時期があるのは、英語習得のプロセスにおいて、当然だと思っていますので、和文英訳してしゃべっている生徒さんが悪いとは、思いません。
最初から日本語を介在させないで英語を喋れる人はいません。 ですから和文英訳をしてしゃべるのは当然でしょう。
そして、ここでもう一つ、指摘したいのは、
日本語を英語に訳してしゃべるには、日本語からその意味を表す英単語が思い出せなければならないということです。 つまり、英単語とその日本語訳を結び付けて頭に入れておかないと、日本語から使うべき英単語は思い出せないということです。
松本亨氏は、英語を日本語に訳してはいけない、といったそうですけれど、和文英訳して話していた生徒さんは、みんな自分の使う英単語の日本語訳は知っていたということです。 そうでないと和文英訳はできません。 もちろん日本語を直訳しても適切な英文にはなりませんが、言いたいことを表す英語がそのまま頭に浮かんでこない生徒さんは、日本語訳を手掛かりに英単語を探して、和文英訳のヒントにするしかないでしょう。
先生が、日本語訳を使ってはいけないというから、そのことを口にする生徒さんはいなかったと思いますが、英単語の日本語訳が分からなければ初級、中級の生徒さんは和文英訳はできません。
私は、それが悪いと言っているわけではありません。 私の息子も娘もそうでしたから、それが普通の英語習得の過程だと思っています。 むしろ「母国語で英単語を正確に理解することが、しっかりした英語の基礎を作ること」を私は子供たちの英語習得の過程を見て確信しました。 生徒さんが日本語訳と一緒に英単語を覚えていたのは、正しいやり方です。
問題はそのプロセスをきちんと見ないで、「日本語訳を使ってはいけない」、「日本語訳を使うと英語力の妨げになる」と主張する指導者のほうです。 私の子供たちは、アメリカにいても全文和訳でバイリンガルになりました。 最初のころは英文和訳、と和文英訳の連続でした。 日本語を使うことが高い英語力を持つことの妨げにならない証拠です。 むしろ日本語訳を使わないとしっかりした英語力は付きません。
日本語を介在させないで、言いたいことが英語で頭に浮かんでくるのは英語学習の最終段階です。 上級者がやっていることです。 子供たちで言えばアメリカ生活3年目で出来るようになったことです。 初級者、中級者にはできません。
ですから、英語脳を作る方法は、初級者、中級者に日本語訳を使わせない事ではありません。
そうではなく、語彙も表現の仕方(文)も生徒が理解できる日本語でどんどん理解させて、大量に意味の分かった英語をインプットさせることです。 それが英語脳構築の方法です。 英語脳を作るには「インプットの量」が最も重要な要素なのです。 なぜなら、英語で考えている人と日本人とでは英語のインプットの量が全然違うからです。
どのいくらい違うかというと、アメリカの大学生は文化も歴史も教育もすべて英語でインプットされ、日本の大学生は文化も歴史も教育もすべて日本語でインプットされています。 下は「大学教育を英語で行うこと」というシリーズの一番最初のブログに書いた表です。 英語のインプットの量が日米でこんなに違うことが分かります。
=====アメリカの大学生===日本の大学生=====
文化 English 日本語
歴史 English 日本語
家庭生活 English 日本語
社会生活 English 日本語
幼稚園 English 日本語
小学校教育 English 日本語
中学校教育 English 日本語
高校教育 English 日本語
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こういう状態で、英語脳を作るのに最も重要なのは「インプットの量」なのです。 意味の分かるようになった英語の大量のインプットです。
石渡誠氏は松本亨氏の英語学校で学ばれたと、安河内哲也さんが東洋経済オンラインで、行ったインタビューの記事で知りました。 http://toyokeizai.net/articles/-/13978 高校を卒業して入学されたそうですから、石渡誠氏は入学当初は言いたいことが自然に英語で頭に流れる状態ではなかったと思います。
けれども学校内日本語禁止ですから、思ったことはすべて英語で話していらしたことと思います。 しかし、まだ和文英訳の状態で話していたと思いますので、自分が話している英単語の日本語訳はすべてご存じだったと思います。 これは、英単語の意味を日本語に訳してはいけない、という松本亨氏の方針とは違いますね。
石渡誠氏の学校には多くの生徒さんが学んでいらっしゃると思いますが、入学当初から言いたいことが英語のまま頭に浮かぶ生徒さんは、少ないと思います。 むしろ、日本語を介在させないで英語を話せるようになりたいから入学してくるのでしょう。
学校内は日本語禁止だそうですから、そういう生徒さんは和文英訳をして英語をしゃべっている事と思います。 和文英訳をするためには、英単語の日本語訳を知っていなければできません。 ですから、和文英訳でしゃべっている生徒さんは、自分がしゃべる英単語の日本語訳は全部知っているということです。 これは日本語訳を使ってはいけないという、石渡誠氏の方針とは違うと思います。
結局、「英語で考える指導法」の提唱者松本亨氏も、石渡誠氏も生徒が頭の中でやっていることを知らないだけです。 「英語で考える指導法」の提唱者だけが、 生徒が日本語訳を使って英文を作っているのを知らないのです。
自分の生徒がどうやって英語でしゃべっているかも知らないで、「英語で考える指導法」「日本語訳を使ってはいけない」と松本亨氏も、石渡誠氏も提唱しているわけです。 (生徒さんは、先生がいけないとおっしゃるから、日本語訳を使っていることは先生に言えないのでしょうね。)
初級者、中級者、「まだ言いたいことが直接英語で頭に浮かんでこない人」つまり、和文英訳でしゃべっている人は英単語の日本語訳を知らなければ英語は話せません。 英語しか使っていないアメリカ人には和文英訳はできませんから、和文英訳でしゃべっている人は、その英語と日本語の接点を持っているということです。 もちろん逐語訳でしゃべるわけではありませんが、英文が直接頭に浮かばない以上、知っている日本語訳を手掛かりに英文を作るしかないでしょう。
そのためには、英語と日本語の接点を持っていなければなりません。その接点が日本語訳なのです。 だから、日本語訳を使ってはいけないという「英語で考える指導法」では、初級者中級者は、自分の言いたいことを英語で喋れないのです。
文部科学省が学習指導要領を書いている中学生、高校生は、初級者中級者です。 この子たちに英語を日本語に訳してはいけない、というと日本語訳が身に付きませんから、自分の言いたいことを英語で表現できなくなります。 つまり、日本語訳を使わせないと、子供たちは自分の言いたいことを英文にするすべがないのです。 子供たちに英語をしゃべらせようとして、英語で授業をさせているのでしょうが、日本語訳を知らなければ子供たちは、言いたいことを英語に訳してしゃべれません。
Laugh という言葉を教科書で習ったとき、先生が、「Laughって笑うっている意味なんだよ。 Smile はにっこり笑うっていう感じ。 Laughは声を出して笑う感じだよ。」と教えてくだされば、生徒はそれを覚えていますから、友達が笑うのを見て、「ああいうのをLaughっていうんだな」と、自分が思ったことを日本語から英語に訳して言えるわけです。
授業が全部英語だったら、生徒たちは、先生から日本語訳を聞く機会が少なくなりますから、日本語と結びついている英単語が少なくなってきて、和文英訳で話すこともだんだんできなくなります。初級者、中級者は、「日本語訳を知っている単語」が多ければ多いほどいろいろなことが英語で話せます。 このことは英語学習者ならだれでも体験として知っています。
だから、学校で、英語で授業なんかやっていたら、だめなのです。 初級者中級者はまだ、日本語を英語に訳してしゃべっている段階ですから、日本語訳と結び付けて覚えさせないと、英語をしゃべることが出来ません。
文部科学省は、中学も高校も「英語で授業」などおやめになることです。
「英語で考える指導法」は、初級者、中級者に、「英語と日本語をつなぐ接点 − 日本語訳」を使わせない指導法です。 その結果、子供たちは言いたいことを英文にする手段を失います。
子供たちの能力を失わせる「英語で授業」はもうやめてください。
英語と日本語の接点についてはこちらの2015年4月19日のブログ「わが子の英語力を上げたかったら、文部科学省がどのような方針を打ち出そうと、中学、高校の英語は日本語で学習させる(最終回)日本語訳がなければ英語は生徒の意識に入らない」をご覧ください。 やがて、その接点の切り離しが始まると英語だけでしゃべれるようになることがお分かりになります。
「英語で考える指導法」をしても、学習者は、日本語と英語をつなぐものがないので、何もわかりません。 日本人にとって、なんの意味もない、なんの関係もない指導法です。 もうそろそろこの方法は日本の英語教育界から「お蔵入り」にしたほうがいいと思います。
50年にも渡った誤った指導法 − 「英語で考える指導法」、私はそれを終わらせるために自分はここにいると思っています。 子供たちが誤った英語指導を受けないためにそれを終わらせることが必要だと思っているからです。
来週に続く
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高校入試で子供たちが親の収入によって差別されない為に以下のお知らせを書かせていただきます。
高校入試のスピーキングテストについて(大学入試のスピーキングテストについても同様です)
高校入試のスピーキングテストは本来文部科学省が学校教育で正しい発音を生徒に教えてから行うべきものです。 しかし、文部科学省が教科書にCDもつけず、正しい発音の仕方も学校で教えないまま、高校入試でスピーキングテストを実施する動きが都立高校などで始まっています。 (大学入試でもスピーキングテストが行われようとしています) これは、スピーキングスキルの習得を塾や予備校、会話学校に丸投げするものです。 学校で教えていないスキルを入試でテストすることはあり得ません。
これでは経済的に余裕のない、塾や会話学校にいけない家庭の子供は誰にも正しい発音を教えてもらえず、練習するCD(音声モデル)も与えられないまま、高校入試でスピーキングテストをされることになり、明らかに親の収入による進路の差別が始まります。(詳しくは2018年3月8日のブログ「高校入試のスピーキングテストは子供を親の収入で差別するもの」をお読みください。)
皆さんの身近に教育関係者がいらっしゃいましたら、ぜひ「高校入試のスピーキングテストは子供を親の収入で差別するもの」であることをお伝えください。 (大学入試のスピーキングテストについても同じことです)
15歳で親の収入のために進路を差別されるのでは子供たちがあまりにもかわいそうです。
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英語教育については、下のブログも併せてご参照ください。 日付をクリックすると移動できます。
2017年10月12日
文部科学省 新中学校学習指導要領 英語 「4技能」は全く効果がない(子供たちが通じる発音でスラスラ話せるようになる学習指導要領の見本付き)
ここから先は、いつも書いていることです。
* * *
7月30日以降、私は、いつもブログに書いている3つのことの2番目、「英語で考える」を提唱した松本亨氏の主張について」という項目の最初のほうに文章を付け加えました。
それをお読みになると私がこの4年間、全く名前を出すことのなかった石渡誠氏の名前をなぜ書くようになったのか、その理由がお分かりになります。
英語で考える指導法の提唱者、石渡誠氏は、その方法が有効であるならば、日本語訳を使わず、アラビア語をアラビア語で学んで、アラビア語が堪能になるかどうかご自身でやってみて、その結果を公開してください。 「英語を英語で教えるということが、中高でも広まってきて、良いことです」(2017年7月30日のブログ)などとおっしゃるのは、それを自分で証明してからにしてください。
自分で、その証明ができないなら、「英語で考える指導法」は、本当は実在しない「英語で考える詐欺指導法」であり、「英語を英語で理解する指導法」は、本当は実在しない「英語を英語で理解する詐欺指導法」ということです。この詐欺指導法を提唱する石渡誠氏は、自分が日本中の高校生、中学生(「英語で授業」は決定されましたが、まだ実施はされていません)にどれほどひどいことをしてきたか、真剣に自覚されたほうがいいと思います。
教師としての良心があるなら、自分の商売を拡大する前に、今もなお石渡氏の「英語で考える詐欺指導法」の犠牲になっている日本中の高校生、中学生にすることがあるでしょう。
石渡氏の2015年5月7日のブログを読むと、文部科学省にこの「英語で考える詐欺指導法」を持ち込んだのが石渡氏であることが分かります。 私たち国民は、この「英語で考える詐欺指導法」がどうやって文部科学省に持ち込まれたのか、知る権利(国民の知る権利)がありますので、このことを書き添えました。
私は、その数か月後、頭の打撲が治ったころ、インターネットで検索して、石渡氏のブログに書かれていたこの会合についていくつかのブログを読みました。 そこには、「この会合には英語界の重鎮中の重鎮の方々が集まっている」とか「英語教育界の大御所の方ばかり」とか書かれてありました。(「2015年5月5日 ついに変わる! 英語教育改革の全貌」で検索すると現在でもいくつか出てきます。)
石渡氏の5月7日のブログを読んだ私は、「どんなに立派な肩書をお持ちの英語教育の専門家の主張であっても、私の経験に照らし合わせてその主張が間違っていたら、私は一歩も引いてはならない」と決意しました。 そうしないと、日本中の子供たちが、「英語で考える詐欺指導法」の犠牲になってしまう」と思いました。
それで、2015年6月1日のブログを書きました。 どれほど、中学の英語の授業を英語ですることを阻止したかったかといえば、頭を打って、容体が急変した時は、知人にこのブログのアップを頼むほど、私は、それを阻止したいと思いました。(その時のことはこちらのブログに書いてあります)
石渡誠氏は、日本中の子供たちに誤った指導法をさせて、教師として、良心が痛むことはないのでしょうか。 今日も一生懸命、学校で勉強しているたくさんの子供たちのことを考えたことはないのでしょうか。
* * *
私は随分長い間、自分の本のランキングを妨害されていますが、おそらく、やっている人は、私が英語教育の分野からいなくなるまで、妨害を続けるのでしょう。
ただ、私は、英語教育の分野からいなくなるわけではないようです。
こちらのブログに書いた外国人の方が、1999年11月にこのことの後、どういう結末になるのか、私に教えてくれました。 (初めて聞いたときは、これは本当に自分のことなのだろうかと思いました) それによると、私は、「英語教育の分野からいなくなる」わけではないようです。
その外国人の方の言った通りになるのかどうか知りませんが、少なくとも、私は妨害されて、英語教育の分野からいなくなる、とは言われませんでした。
どういう結末になるかは、これからわかると思いますが、18年前、その結末を聞かされていたので、私は、「英語耳」の松澤喜好氏に盗作されようと、妨害されようと、日本人が誰も聞けない音について本を書いていようと、今日まで、頑張って来ることが出来ました。 どんな立派な肩書を持つ英語教育の専門家の言うことも自分の経験から見て、間違っていたら、一歩も引かない、という決意ができたのも、18年前、このことの結末がどうなるのか聞かされていたからでした。
文部科学省の方針に正面から反対したのも、50年間信じられていた松本亨さんの主張を否定したのも、この後、どういう結末が訪れるのか、あの時、その人から聞いていたからでした。
なぜ、その人が、私にそんな先のことを教えてくれたのか、その時は分かりませんでしたけれど、今は、わかる気がします。
たぶん、その方は、2008年以降、私がどれほど苦しい思いをするかご存じだったのだと思います。 2008年以降、私が「英語耳」の松澤喜好氏と、KADOKAWA/アスキーメディアワークスのためにどれほど泣くことになるか、ご存じだったのだと思います。(詳細はこちらです。) その時にくじけないように、その苦しさの先にある結末を教えてくれたのだと今は、思っています。
実際、この結末を聞いていなかったら、私は、2008年から今日まで、到底一人でやって来ることはできなかったと思います。
もう私の本のランキングを下げるなどという行為はおやめください。
KADOKAWA/アスキーメディアワークス社長塚田正晃氏は「著作権法に抵触するのは犯罪行為だ」と言っています。(こちら) 松澤さんは、「松澤は盗作!というのはすごーい!」とHPに書いていましたが、塚田さんの主張によれば、盗作は犯罪行為です。
他人のランキングを妨害するのも、営業妨害ですから、犯罪行為です。
もう妨害はやめてください。
KADOKAWA/アスキーメディアワークス(塚田正晃社長)は、隠ぺい工作までして、著者が自分のホームページで盗作を豪語するような悪質な出版はやめてください。(詳細はこちらです。)
* * *
私の2冊目の本「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」(緑色の本)を購入された方で、CDトラック6,13,18,19にある生徒さんと私の子音の長さの比較がよくわからない方は下のブログを参考にしてください。
2016年7月3日のブログ 子音を長く言う「川合メソッド2」「L」の練習 4週間後 (長いSの例)
2016年9月1日のブログ RとFの練習 1か月後 マライア・キャリー (長いLの例)
2015年2月1日のブログ 「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」付属CDトラック6 例文 Where's my bag? 川合典子には生徒のWの発音はどう聞こえたか。
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ここから先は、毎回掲載している3つのことです。「なぜ毎回3つのことを掲載するのか」その理由については、こちらのブログをご覧ください。
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英語教育について
文部科学省の英語教育の方針は、効果がありません。
今年3月に発表された中学校の学習指導要領(英語)は全く効果がありません。 理由は、2017年10月12日のブログをご覧ください。
以下、効果のないものを列挙します。
1)現在、高校生が行っている「英語で授業」は効果がありません。 (理由はこちら)
2)「CAN-DOリスト形式」は効果がありません。 (理由はこちら)
3)「4技能」は効果がありません。 (理由はこちらとこちら)
4)現在、小学校の英語教育で子供たちが話しているのは、英語の発音ではありません。 (理由はこちら)
5)大学教育を英語で行うと日本の学問は壊滅的な打撃を受けます。 (理由はこちら)
以上の理由により、文部科学省の方針は効果がありません。
「発音」、「語順」、「英語で考える」、それぞれを習得する方法は2015年10月19日のブログ「川合式英語学習法」をご覧ください。
これは全部私自身がやってきたことです。 こうすれば、生徒たちは必ず通じる英語で話すようになります。
英語で考える指導法を提唱する人たちのように、「自分は日本語訳を使ったけれど、生徒たちは使うな」というような、誰も実際にはやっていないような指導方法ではありません。 私は全部自分でやっています。
「英語で考える」を提唱した松本亨氏の主張について
松本亨氏の「英語で考えるためには日本語訳を使ってはいけない」という主張は2006年、私の子供たちが全文和訳でバイリンガルになった事実によって否定されました。
「英語で考える指導法」は詐欺である可能性が高いです。
松本亨さんの書いた「英語で考える本」「英語で考えるには そのヒケツと練習」という本に書いてある練習をしても英語で考えるようにはなりません。(2月4日のブログ「英語の思考活動」、3月1日のブログ「先生の宿題のプリント「英語で考える」ってどういうこと?」を参照してください)
英語で考える指導法を掲げる英語学校FORWARDの指導者、石渡誠さんは、松本亨さんの「英語で考える本」「英語で考えるには −そのヒケツと練習−」という本で勉強すれば英語で考えるようになると2017年1月19日のブログで言っていますが、この2つの本で勉強しても、英語で考えるようにはなりません。 「この方法を26年教えてきた」と書いていますが、26年間も効果のない方法を教えてきたというのは驚きですね。
私は、この件について、松本亨さん(著作を含めて)以外の固有名詞を入れることをずっと避けてきました。 けれども、石渡誠さんの2017年7月30日ブログの冒頭の
日本の英語教育界もようやく変革の時が!英語を英語で教えるということが、中高でも広まってきています。良いことですが、
という部分を読んで、明記することにしました。 日本中の高校生を犠牲にしておいて、まだこういうことを言っていることに怒りを覚えました。 文部科学省でさえ、もう、中学校の英語の授業を英語で行うとは、言わなくなったのに、と思いました。
石渡誠さんは、26年間も授業料を取って、「効果のない方法」を「効果がある」と偽って教えてきて、謝罪も損害賠償もしないのですか? そうやって、「何を言っても何の責任も取らなくていい」と思っているから、いまだに「英語を英語で教えるのが良い」などとおっしゃるのでしょう。
でしたら、ご自身がアラビア語をアラビア語で学んで、アラビア語が堪能になるかどうか示してください。 それが出来ないのであれば、「英語を英語で理解する指導法」が間違っていたと認めてください。 そういうけじめをつけないからいつまでも「英語を英語で理解する」などという指導法を主張し続けるのでしょう。
日本中の高校生が迷惑していますので、自分もできない指導法を提唱するのはやめてください。
自分の商売のために子供たちを犠牲にするのは、もうやめてください。
Je suis Charlie. と母国語で言うフランス人が I am Charlie.という言語を学ぶとき、母国語の意味を参考にしていないはずはないでしょう。 日本人は誤った指導法を50年も信じて、大きく後れを取りました。
私は、英語で考える指導法の提唱者が、「Freedomを日本語に訳すとニュアンスが分からなくなるから英語のまま言わせる」とブログに書いているのを読みました。 でもそれでは何も教えていないのと同じです。
生徒から、アメリカ人にとって自由というのはそんなに大事なものなのですか?と質問されたら、アメリカ史がご専門の先生なら、「建国の歴史を勉強してみるとその理由が分かってきますよ」とお答えになるでしょうし、時事英語がご専門の先生なら、ニュースの中から、アメリカが個人の自由を制限する国に対して、非常に厳しい外交政策をとり、しかも大多数の国民がそれを支持しているというニュースを選んで、生徒と一緒に勉強していくでしょう。
Freedomを日本語に訳さずFreedom. Freedom と生徒に言わせる、などというのは何も教えていないのと同じことです。
それは、次のような例を想像してみるとよくわかります。
もし、アメリカで、日本語を学んでいる生徒が「日本の武士道とはなんですか?」と教師に質問した時、「日本人にとって武士道が、どういうものなのか知りたかったら、武士道を英語に訳さず、日本語のままブシドウ、ブシドウといいなさい」 などと指導する教師は一人もいないでしょう。
仮に先生が「これが、日本語を日本語で理解する指導法だ」「日本語で考える指導法だ」などと言っても、生徒はばかばかしくてする気にもならないでしょう。 保護者からは「まじめに教えろ」と言われるでしょう。
これが英語で考える指導法の正体です。
教える方は何も教えていない。
学ぶ方は何も学んでいない。
これが英語で考える指導法の正体です。
だから私はこの方法は詐欺だと言ったのです。(こちらのブログ)
以前、この「英語のままFreedomと言わせる」と言っていた学校のブログで、車を売って受講料を払って学んでいるという生徒の例が紹介されていました。 それほどの高額の授業料をとって、「だますつもりはなかった」「知らなかった」では済まないです。
詐欺は犯罪です。
詐欺は、刑法で刑罰が定められている犯罪です。
また、そのブログで、英語で考える指導法をする人々が、生徒の英和辞典を取り上げたり、生徒に英和辞典を窓から捨てさせたりする、ということも読みました。 中には最後まで生徒に英和辞典を返さなかったこともあったそうです。
「帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方」を読んでいただくとわかりますが、英語のわからない生徒にとって、英和辞典は命綱です。 英和辞典があるから、英語の意味が分かるようになります。 これを取り上げるなど、間違った指導法を盲信する指導者の誤りです。 英和辞典を取り上げれば生徒の英語力が上がるなどということは絶対にありません。
この詐欺商法を、中学や高校に持ち込んだのが文部科学省の「中学、高校の英語の授業を英語で行う方針」です。
だから、私は、「学校で詐欺を行わないでください」と申し上げたのです。
税金を詐欺に使わないでください、と申し上げたのです。
高校英語教育はいまだに詐欺ですね。
学校で詐欺教育をするために、車一台売るどころではない、莫大な税金が使われています。
早くやめてください。
高校時代は、高校時代にやらなければならない訓練があるのです。
複雑な英語を読み始めるときにどうしてもやらなければならない訓練があるのです。
この時を逸すると、取り返しがつかないのです。 高校生がかわいそうですから、「学校で詐欺」はやめてください。
発音練習について
学生時代、私はアメリカのセルフヘルプの本を読むのが好きでした。 当時、そういう本は翻訳しか入手できませんでした。 その中にこんな話が書いてありました。
チャーリーさんが自動車の調子が悪くなり、修理工場に持ち込みました。 修理が終わって取りに行ったとき、調子が悪かった原因を尋ねると「OOのネジが一つ壊れて、不具合が生じていたので、新しいネジに変えました」と説明を受けました。
請求書を見てみると、とても高い金額でしたので、チャーリーさんは、「ネジ一つ取り換えただけなのに、これでは金額が高すぎます」と文句を言いました。 そうしたら、修理をした人が、「最初は、何が原因となって不具合が生じているのかわかりませんでした。 それで、私は自動車の内部を全部調べました。 そしてOOのネジが壊れていることを発見したのです。 自動車内部をすべて調べるのに何時間もかかりました。 請求書はその労働の代金を含んでいるのです」と言いました。 チャーリーさんもその説明で納得しました。
この話は、どこを直せばよいかわかっているものを直すのは、簡単ですが、どこが悪いかわからないものを直すのは大変だ、ということを例えた話でした。
私は中学時代に英語のきれいな発音に魅了されて発音練習を始めました。 中学生でしたから一生懸命練習すればお手本のアメリカ人と同じ発音になると信じていました。 一年半くらいはちっともうまくなりませんでしたが、その日の練習が終わると、自分が今日練習した分だけお手本の発音に近づけたと思えて、とても、心が満たされていたのを覚えています。 一年半くらいは目に見えてうまくなってはいませんでしたが、毎日練習が終わって、テープレコーダーの手あかを白いハンカチできれいにふき取ってしまうときは、とても気持ちが充実していたのを今でも覚えています。
だから発音練習は大変だ、とかつらいとか思ったことはありませんでした。(決してうまくはなかったのに、です)
最初の本「英語発音、日本人でもここまでできます。」(赤い本)の原稿を書いていた時、私は編集してくれた人に次のような心配をお話ししたことがありました。
「読者の皆さんに、私は何の苦労もなく、発音を習得した、と思われると困るのですが、、、」
そうしたら、編集をしてくださった方からこういわれました。
「川合先生の本を読んで、川合先生が何の苦労もなく発音を習得した、と思う人はいません。 そんなことを心配するより、むしろ、こんなサイボーグみたいな練習をしなければ発音はうまくならないのか、と思われることをご心配なさった方がよろしいんじゃありません?」
編集をしてくださった方は、スタンフォードでの留学経験もありますので、英語がとても上手な方でした。 こういうユーモアのセンスもお持ちでした。
私は苦笑しながら「はい。。。。」と言って、すぐひき下がりました。
確かに文全体をお手本と比べて違いを探すにはサイボーグみたいな能力がないとだめだ、と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。 (先日夫がチャンネルを回していたら、ターミネーター3でシュワルツネガーさんが人の着ている洋服を見て、一瞬で、それが自分に合うかどうかをピピピピ。。。と判断する場面がありました。 サイボーグと言うとそういうイメージが浮かんできますね。)
けれども、発音を直すときは、最初は、気づいたところから直していけばいいので、本当はそういうことはないのですが、人によってはそんなことはとてもできないと思ってしまう人もいるかもしれません。
しかし、その2年後、私は、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」(緑の本)を出版しました。 そしてその本に、どこを比べて何を直したらよいか書きました。 漠然と、文全体を比べたら違いは分からないかもしれませんが、「この音のこの違い(例えば、長さ)を聞いて下さい」とピンポイントで言われれば、誰でもそれは聞けます。
先ほどの自動車修理工場の例でいえば、どこに原因があるのか車の内部全体を調べるのはとても時間がかかって大変ですが、「ここのネジを変えてください」と言われれば誰でも出来るのと同じことです。 具体的に言われたことはやりやすいです。
「続・英語発音、日本人でもここまでできます」にはどこを聞いて何を直せばよいのか、書いてあります。 そのポイントは日本語のくせから来るものがほとんどです。 それは日本人に共通する発音の問題点ですから、そこを聞いて直していただけば通じやすい発音になっていきます。
「ここのネジを取り替えてください」というのと同じように、努力すればだれでもできることです。 サイボーグのような能力はいりません。
読者の方から、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」は、「英語発音、日本人でもここまでできます。」付属のDVDで発音練習するときの参考書のように使っています」というメールをいただいたことがありますが、この2冊は一緒に活用してください。
「なぜそういう練習をするのか」その原理もわかりますし、理解が深まると、相乗効果となって皆さんの発音がとても上達します。 発音は、口の練習だけではうまくなりません。 上手な人の発音って何か違いますでしょう? 体になじんでその音がでてきていますでしょう? 耳はもちろん、たくさんの感覚を使って習得すると上手になります。 (これについては2018年3月8日のブログの冒頭の部分も参考になさってください。)
表面的な練習だけやっていると表に現れないことが、その原理や仕組みを深く掘り下げて理解していると、口の動きに現れてきます。
お手本の発音を聞いたとき、「どうやって発音しているのか手に取るようにわかる」この状態になるわけです。 この深く掘り下げる役目ををするのが、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」に書いてあることです。
「上手な人の発音が何か違う」と感じるのは、口の動きの後ろにある、さまざまな感覚の関連性を意識して、練習しているからです。 「自分の体をどうするとあの音が出てくるか、体が知っている」この状態になっているからです。 表に現れたものだけ練習する場合、長く練習しても、あまり変化はありませんが、深く掘り下げて、練習していると、だんだん、音を捕まえる能力も向上しますので、長い間には、口の動きだけ練習してきた人とは随分違う発音が出来上がります。 発音練習の基本姿勢のブログに出てくる生徒さんみたいにですね。 「英語発音」と「続・英語発音」の本は一緒に活用してください。
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ブタさんが持っている旗については、こちらの「きのこの山とたけのこの里」というブログの後半を読むと、私がどうやって、子音の長さが聞けるようになったのか、書いてあります。