機械というのは声の中に含まれるすべての要素を取り入れて判定しているわけではありません。今の技術で、機械で捕らえられる要素しか判定しません。もし、私が、機械に発音のよしあしを判定してもらって、練習していたら、私は、鼻腔への共鳴とか舌の付け根を下げて、発音するとか、気づくことはなかったと思います。
私の知り合いの日本人で、長くアメリカに住んでいた人がいます。お子さんは英語が母国語で、日本語は話しません。ある日息子さんが、機械を使って、日本語の発音を勉強していたので、「ちょっとお母さんにも貸して。」といって、日本語をしゃべって、その機械で判定してもらったそうです。「この花は赤いです。って私が言ったら、判定の針がほとんど動かなくて、つまり、それは正しい発音じゃないって言うことなの。 私は日本語ネイティブよ!」といって彼女は大笑いしていました。
アメリカにいたころ、私の知り合いのご主人は発音が苦手なので、科学的何とかという日本で買った本を使ってRの発音をパソコンで波形を描いて練習し、完璧になったそうです。でもそのご主人、そのあと、音声自動対応の機械で振り込みか何かをしようと思って自分の住所を、機械の前で言ったら、機械が反応しないで、止まったままになってしまったそうです。日本人をよく知るアメリカ人にこの話をしたら、「New Jersey」のJerseyのRの発音でしょうね。といっていました。
私たちは、機械より、ずっと精巧に出来ている「耳」という器官を持っています。耳は、音のすべての要素を取り込むことが出来ます。また、驚くべきことに耳というのは声を聞いたとき、その声がどこに共鳴しているか、息が、どのくらいの強さでどこから送られているか、口の形はどんな風になっているか、という情報も感じ取るように出来ています。
私は小さいころ母から、「日本語は口のあけ方があまり大きくないのよ。舌の位置は高く固定されているのよ。母音はあまり引き伸ばさずに発音するのよ。」などとは一度も教えてもらいませんでした。けれども、私は、完璧な日本語の音質で、母音を引き伸ばさない完璧な日本語の特徴で、日本語を話します。耳はそういうことを、聞き取った周りの日本人の声から、私に教えてくれたのです。
また、アメリカ人の子供は、父母から、「口はたてに大きく開けて、喉を開けて、鼻腔に共鳴させて、英語を話すんだよ。」などとは、まったく教わらないのに、完璧な英語の音質で、文の最初から最後まで、強い声で、英語で話します。これは耳が、周りの人の英語を聞いて、それと同じように話すには、口の形はこうする、息はこうやって送る、ということをその子の体に教えたからです。
耳は、言語を発するときに必要な情報を聞いた声からすべて取り込みます。そして、それと同じ音を出すには発声器官をどう動かせばいいかを体に教えます。 (2016年10月2日のブログに書いてあるように英語の音質で話す練習をなさった方は、耳で聞いた音から軟口蓋を上げて鼻腔に共鳴させる口の形を習得されたと思います。)
遺伝子ではありません。帰国子女を見ればわかります。耳が口などの私たちの発声器官と直接つながったからだの一部であるということからこれが可能になります。自分の発音が、正しいかどうかモデルと比べて判断するのを機械や他人に任せないでください。
最初から、「そんなこと、自分には出来ない。」と、思わないでください。出来ないというのは誰かが、あなたに、そう思い込ませただけのことです。「あなたには出来ないから、よくできる人に判定してもらいましょう、」などという言葉を信用しないでください。そういう言葉はあなたの発音を習得する能力を全部摘み取ってしまいます。その人にできたのなら、あなたにも出来ないはずはないのです。
最初は難しくても、やっていくうちにみんな上手になっていきます。
小さいころはそれが可能でも、大きくなったら不可能だという人がいますが、そんなことはありません。
私の生徒さんは、最初は鼻腔に共鳴させることも舌の付け根を下げることも知りませんでしたが、説明を聞いて、私が発音した音を聞くと、その後は自分で、鼻腔への共鳴も舌の付け根を下げることも音を聞くたびに上手になっていきます。大人になっても自分で気をつければ耳と発声器官のつながりを強化していくことが出来るのです。
先ほど挙げた、2016年10月2日のブログで「聞いた音から鼻腔への通り道を開くことが出来た」被験者の方々は50代と30代の方でした。 臨界期など、とっくに過ぎています。 それでも、注意深く音を聞いていくとできるのです。 なお、被験者の方は「自分の発音を録音してお手本と比べて直す」という練習を省略していた間は鼻腔への通り道を開くことができませんでした。 自分の耳で聞いて直す、という作業を始めたら、すぐに声が変わり始めました。 ですから、機械に発音を判定してもらって、自分の耳で発音を聞かないと英語の音質で話すようにすることはできません。
臨界期仮説のもとになった調査では、幼児期を過ぎて英語圏に来た人達については発音のために何か特別なことをしていた人たちが調査の対象となったわけではありませんでした。 特に「耳の聞く力を上げる」という訓練を受けた人たちが調査の対象となったわけではありませんでした。
こちらの「ネイティブも美しいと思う発音で英語を話す」生徒さんは、お子さんが大学生になってから私のところに発音を習いにみえました。 その時50代だったと思います。 発音を習いにいらしたときは、母音の区別もできませんでしたし、一回で英語が通じないという悩みを持っていました。 けれども2年位お教えした後、自分で川合メソッドのやり方で練習を続けて、ニューヨークのエステティシャンの学校で、ネイティブからも、「きれいな発音ね。」「女優さんみたいな発音ね。」と言われるまでになりました。 私は、そういう生徒さんを見ているので、臨界期仮説を信じて、大人がネイティブ並みの発音を習得することをあきらめる必要は全くないと思っています。
確かに、大人が発音について何にもしなかったら、臨界期仮説は正しいかもしれませんけど、耳の聞く力を上げる訓練をするとか、いろいろな努力をした場合、年齢による制限は絶対的なものではないと私は思っています。
私自身、鼻腔に共鳴させた英語の音質を体得したのは、35歳の時でした。 シカゴの病院の受付で質問されたことに答えていた時に、質問するアメリカ人の英語の音質に似るように自分の口の中が勝手に変わっていくのを感じました。 (この時のことは著書「英語発音、日本人でもここまでできます。17ページ「突然身についたネイティブ発音」の項目に書いてあります。) 「35歳で英語の音質で話すよう口の中が勝手に形を変える」など、臨界期仮説では、ありえないことでしょう。 たぶん13歳の時から、耳を使って、「聞いた音と同じ音を出す」ように発音練習をしてきたからだと思います。
出来ない理由を説明した仮説を信じるより、出来るようになった大人がしたことをやってみるほうが、ずっと効果的ではないかと思っています。 川合メソッドのやり方を聞くと、ほとんどの人が、ネイティブの発音と自分の発音を比べて直していくより、「誰かに発音を直してもらったほうが手っ取り早い」と思うようですが、「自分の耳で聞いて直す」ことを通して、「自分の中に新たな能力が発達していく」ということを知っている人は少ないと思います。 (どんな能力かは、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」(緑の本)の第一章、第二章に書いてあります。) シカゴの病院での私の体験は、そうやって育った能力が「音質が同じになるように口の形が勝手に変わる」という形で現れたのだと思っています。
発音練習をするというのは、耳と口のつながりを鍛えていくことです。
「聞くことを誰かに任せてしまう。」「機械に任せてしまう。」それは、自分の発音能力を自分から、捨ててしまうことと同じです。人間の体は自分の耳で、音を取り込まなければ、それと同じ音は出せないのです。発音は、自分の耳をよく使って身に着けましょう。